想いのまま綴っているのでいつも以上に脈絡がないのはご了承ください。
約8年間飼っていた愛犬が3/30(日)19時ごろに旅立ちました。
2015年5月頃の生まれなので、9年10カ月でした。
人間でいうと56歳くらいなので正直、早すぎる別れでした。

出会い
彼が家にきたのは2017年のGWあたりだったと記憶しています。
きっかけは父親が犬を飼いたいと思い始めたからです。
しばらくペットショップなどで犬を見てきてはどうしようかと悩んでいる日々が続いていました。
そんな中で横浜にある動物病院がおこなっている保護犬、保護猫活動の中で出会ったのが彼でした。
一度預かり体験をしたのちに父親、母親、私で話し合いをした結果、飼うことになりました。
正直、父親が一番飼いたい欲が強く、母親と私はまあ家主は父親なわけで意思を尊重するよっといった形で決まりました。
家族の同意が必要ということで、家で飼うとなったときには父親と一緒に横浜まで車で迎えにいきました。
家でペットを飼うのは私が小学校のときに飼っていたハムスター(はーちゃん、むーちゃん、さすが小学生のネーミングセンスだけあって名前が安易ですね。笑)以来です。
家に来た当初は夜中にクゥーンクゥーン鳴いていたのがなんだか懐かしいです。
彼の性格
あまり柴犬っぽくはなく、散歩で会う方々にも君は柴犬っぽくないねとよく言われていました。
犬見知りは激しく、気にはなるもののワンちゃんと仲良くなるってよりかはそのご主人のほうにいくような子でした。
なので主人一筋というよりかは人ったらしで皆さんに懐いてかわいがってもらっていました。
動物病院の看護師さんにも言われましたが、「柴ちゃんにしては大人しくっていい子だね」と褒められていました。
感情表現は乏しく、自ら尻尾を振って喜ぶ様子は正直見たことありません。
一応、構ってあげるときにお尻を撫でてあげると尻尾を振っていましたが、なんだか人間でいうところの脊髄反射的な感じでした。
そんなツンデレみたいなところも可愛かったです。
アルバムを作るため、写真を見返していると笑顔なので彼なりに家での生活を楽しんでくれていたのかなと思えます。
感情表現は乏しかったけど周りには気を遣うような子で優しい一面もあり、甥っ子姪っ子たちにいいようにやられても(本人たちは可愛がっている)決してかみつくことはなく、一緒に戯れているか静かに見守っていました。
私が旅行会社を退職して療養していた時には毎日散歩に付き合ってもらって?(私が彼の散歩に付き合っているのか、彼が私の散歩に付き合っているのか。)ました。

『それぞれ未知との遭遇』
いつも甥っ子や姪っ子ともいい距離感を保って付き合ってました。たまに甥っ子姪っ子に追い掛け回されて。私の部屋に避難してきてたけどね。
病の発覚
病が発覚したのは2/16。
発覚してから1カ月半、正直もう少し残される時間はあるのかなと思っていましたが、あっという間にその時を迎えてしまいました。
まあでも中型犬の1カ月は人間でいうと1年と思うと妥当な気もしています。
ご飯を全く食べなくなってしまったのとお腹の調子が悪そうなので動物病院に連れて行ったところ、血液検査の数値が悪く、超音波検査で肝臓に腫瘍が見つかったこともあり、その日のうちに入院しました。
昨年の8月に肉球のところにできものがあって手術した際の血液検査では特に数値以上も見られなかったので、ここ数カ月のうちに悪化したと思われます。
発覚してからネットで色々調べてみたところ、肝臓腫瘍はステルス臓器ともいわれて、病が見つかったときには手遅れになっているケースが多いそうです。
一方で摘出できれば予後は順調という情報も。
後者であることを願っていましたが、翌日に再度超音波検査をしたところ複数の腫瘍があることが分かり、提携先の動物病院でCT検査することになりました。
CT検査をした結果、おそらくすい臓の腫瘍が主原因で肝臓の腫瘍はそこから転移した可能性があり、広範囲に広がっていることもあり、摘出手術はできない状況でした。
人間でいうと末期がんの状態。
家族で話し合いをして無理な治療はせずに自宅で面倒をみて最後を看取ることにしました。
以前からお腹は弱くて下痢をしたり、夜中にトイレに行きたがったりする傾向はありました。
ただ病院に連れて行くと熱中症気味だったり、食あたりだったりで特に大きい病気と診断されたことはなかったこともあり、あまり気にしていませんでした。
こうなる前になんでもっと早くに気づいてあげられなかったのかと悔やんでも悔やみきれません。
病院で診断を受けてから固形のドッグフードは食べられず、食欲もめっきりと減ってしまい、流動食に切り替えてシリンジであげるようになりました。
それでもしばらくはおやつであれば固形でも食べれていました。
最後の1週間前くらいからとうとうおやつも口にできなくなってしまいました。
肝臓疾患の症状でよくみられる頻尿もあり、食べたらトイレに行きたくなるみたいで家族が代わる代わる散歩に連れ出しました。
4~5時間に1回はトイレに行きたがり、朝・昼・晩・深夜と毎回1時間弱の散歩に連れ出していました。
お家でのトイレトレーニングをしてこなかったこともありますが、トイレは必ず外でする子だったので、病気になってもトイレシートですることはありませんでした。
不思議なことに食欲は減っているのに、散歩欲は強く、病に侵される前よりも長い時間散歩に出るように。
こちらとしては食べていない分、体力が衰えているのではないかと心配でならなかったのですが本犬が行きたがっているならばとやりたいことをさせてあげてました。
亡くなるその日も散歩に行ってました。
まるで今のうちに自分の痕跡を残しておこうと必死なのかなとか、あと何回こうやって一緒に散歩ができるかなとか、桜が咲く季節に一緒に桜を見ながら散歩できるかなとか、様々な想いが逡巡しながら散歩をしました。
病気になってからはほぼ毎日のように深夜2時にトイレがしたくて、散歩に行ってました。
寒空ではあるものの、普段見ることができない星空を見ながら散歩する日もありましたし、新聞配達の人たちが配達に行く前の準備している光景を一緒に見たり、駅前の商店街にあるガールズバーの前に立っている客引きのお姉さんに撫でてもらったりと深夜の散歩も普段見ることがないような景色や人に会えて今となってはいい思い出になりました。
正直こんな当たり前だと思っていた日々が唐突にできなくなると思っていなかったです。
あまり感情や表情を表す子ではなかったのでわかりませんが、病に侵されても苦しんでいる様子はなく、痛くて泣いているってこともありませんでした。
いろいろ調べている中で、腹水がたまって苦しんだり、痛みが強くて苦しんだり、嘔吐や下痢ももっとひどい症状が出て壮絶な最期を思い描いていました。
最後も眠るように亡くなって安らかにいけたのかなと思います。
実は3/30(日)は当初出かける予定があったのですが、私が体調を崩して朝から寝込んでリスケしたこともあり、在宅していました。
これも前向きに考えたら彼が最後の時を一緒に過ごしてほしいと願って熱が出たのかななんて思ったりもします。
火葬する前に形見として、彼の尻尾の毛と紙粘土を買ってきて肉球の型を取らせてもらいました。火葬後の骨も一部をもらって形見として残してあります。
ペットを飼うということはいずれこういう場に遭遇することはわかっていたとしても、やはり実際にその時が訪れると辛いですね。
彼にはこのコラムでは私に付き合ってもらうアイコンとして、そしてyoutubeでは私のアイコンの頭の上で見守ってもらいたいと思います。


今回は完全プライベートコラムになってしまいましたが、ペットを飼っている皆さんもぜひ今生きているこの時を当たり前と思わずにめいいっぱい可愛がって、後悔のない時間をお過ごしください。
私は後悔はない!といえば嘘にはなりますが、病が分かってから彼と向き合う時間をとれたと感じています。
寂しくはありますが、彼の思い出を家族みんなで話ながら前を向きたいと思います。
最後に桜の木の下で写真撮りたかったなぁ。
けど桜が咲くこの季節に虹の橋を渡ったので桜が満開になるたびに彼のことを思い出せそうです。